第9回
イバン族の夢占い
★イバン族のシャーマンの解く、語り継がれる夢の意味の片鱗。
昨日、夜寝ている時に、右側から何かが近寄ってきた。その何かの冷たい感触が、背筋を凍らせた。そして、身動きの取れない私の膝のあたりで止まると、2本の牙が皮膚を突き抜けている感触が伝わった。痛みは、ほとんどなかったが、膝のあたりを見てみると、蛇だった。「しまった。蛇に噛まれてしまった」と慌てていると、目が覚めた。蛇も、蛇の牙の感触も、全て夢で、金縛りにあったのだと気付き、ほっとした瞬間、又、深い眠りの世界へ入っていった。翌朝、この話を友人にしたら、大笑いされた。蛇に噛まれる夢は、誰かから結婚を申し込まれる暗示だそうだ。しかし、女性がこの夢を見たらの場合に限るそうだ。この友人に、もし男だったら、どういう意味か聞いてみたが、残念ながら、分からなかった。夢占いというのは、フロイトを始めとする心理学の一要素でもあるが、一方で、ボルネオ島に住む先住民族の中では、伝統的に、夢のお告げというのは、非常に意味があるもので、シャーマンは、その夢判断も一つの技量である。
イバン族のロングハウスでの出来事。ロングハウスは、川沿いに建てられているのが慣わしだが、そのロングハウスから見て、川の対岸に1本の大きなフタバガキの木があった。5年に一度の割合で、花を咲かせ、実をつけると、その樹冠の部分が、赤く染まる。何故、赤く見えるかというと、その実は、羽子板の羽根の様にになっていて、その羽根の部分が赤く、いざ実をつけると、これは、樹冠を覆いつくさんばかりに、実をならす。これが、樹冠を赤くみせるのだ。その川の川岸には、この木が沢山あるのだが、村の人が言うには、この木々は、30年程前に村人で植えたものだそうだ。ちょうど、その頃、鉄砲水が相次いで、川岸の木々を悉く薙倒したので、表土流出を防ぐ為に、このフタバガキの木を植えたそうだ。その5年に一度の実をならした時に、たまたま、ボートでその村へ行く機会に恵まれると、その赤い樹冠のアーチ状のトンネルをくぐる時、その実がその赤い羽根をクルクルまわしながら、ゆっくりと水面へ落ちていく様は、非常に神秘的だ。
ある日、私がそのロングハウスを訪れた時に、ふと、いつもの景色と異なるのを感じた。そのロングハウスの対岸の木がなくなっていたのだ。いつも、午後になると、子供たちがその木の登れる所迄登って、川へ一斉に飛び込む、そんな風景が印象的な木であった。私は、鉄砲水で流されたのだと思ったが、村の人に尋ねると、こういう事だった。その村のシャーマンが夢を見た。その夢の中で、いつもの様に、子供たちが、次から次へと、その木から川へ飛び込んでいた。少したって、その木から飛び込んだ子供の一人が、血を流して、川に流され、見えなくなってしまった。この夢を見たシャーマンは、翌朝、村の酋長に話をして(その酋長自身もシャーマンの能力を持っているのだが)、結果、この木は災いをもたらすかも知れないという事で、即日伐ってしまったそうだ。イバン族の人々にとって、夢=万の神々の啓示である。これは、シャーマンが見た夢であったからだけでもなく、シャーマンの能力を持たない人の夢も参考にされる。その判断は、シャーマンや酋長が行うのだが、不吉な夢を見た時には、その人々は、必ずと言って良いほど、シャーマンや酋長に相談をする。この夢は、非常に分かりやすい直接的な夢ではあるが、一方で、間接的な夢、比喩的な夢があり、その判断は、シャーマンに委ねられる。
別の日に、イバン族のロングハウスに滞在していた時の話。私の八重歯が、虫歯が原因で、痛くて痛くて堪らなかった。我慢できなかったので、村の人に頼んで、抜いてもらった。地酒アルコールの消毒のおかげで、そんなに痛みはなかった(実際は、歯の芯は残っていた)。その夜、持っていた痛み止めの錠剤を呑んで寝た。そして、夢を見た。私のその八重歯が抜ける夢だった。その夢の痛さで目を覚ました後、ふと、歯を抜かれた時の事を思い出し、笑った。自分で抜いてくれと頼んだ割には、おびえていた自分。やんややんやの村人達の大騒ぎ。よく見ると、ほとんどの人が、1個以上は、歯がない村人。中には前歯全部ない人もいた。鎮痛剤の為と老婆が持って来た腐った薬草。私が歯を抜かれるの笑いながら飲んでいた連中。そんな光景を思い出しながら、きっと、さっき歯を抜いたから、こんな夢を見たんだな、と思い、暗い中で、一人思い出し笑いをしていた。目覚めた時と同じ寝相で寝ると、夢の続きを見るというイバン族の風習を思い出して、目覚めた時と違う寝相で寝た。
翌朝、村人に、この歯の抜ける夢の話をした。その村人は、笑うどころか、真剣な顔をして、シャーマンに話しなさいと言った。私は、シャーマンにその夢を告げると、彼は、神妙な顔をして言った。「歯が抜ける夢は、良くない夢だ。歯が抜けるのは、お前に関係する人が、病気か、亡くなった知らせだ。前歯であれば、あなたに非常に近い身内の人。奥歯であれば、身内でもないが自分の知っている人」と。私は、急に怖くなってきたが、それでも、今の世の中、歯が抜ける夢を見たのが、そういう知らせなんておかしい。たまたま、昨日、歯を抜いたから、それで、そんな夢を見たんだ。と、自分に言い聞かせた。そのロングハウスの滞在も終わり、クチンの街中へ戻り、この夢の事もすっかり忘れていた。
クチンに戻った数日後、クチンに長く住んでいる日本人の男性が、末期の癌だという事を知らされる。私は、一瞬、耳を疑った。つい数週間前、元気な様子で少し話をしたばかりだった。その人は、癖があるのだが、根は非常に良い人で(多分)、時折、ご飯を奢ってくれたりしていた。身内では無いが、少し親しくしていた人だった。その夢のお告げ通りだった。しかし、自分自身に、これは偶然だ、あの晩、歯を抜いたから、そんな夢を見ただけだ。これはそんなお告げではないと、自分に向かって言い張った。しかし、その後、数ヶ月を置いて、2度その夢を見て、実際 に同じ事が起こった。1回は、前歯が抜ける夢を見た数日後に、母方の祖母が亡くなった。そして、時期を置いて、奥歯が抜ける夢を見た数日後に、知り合いのイバン族の老婆が亡くなった。さすがに、この実証が3回もあると、信じざるを得ない。私が、こういう精神文化や、先住民族の森の掟等を笑って済ませなくなったのも、この事件からだった。現代文明や科学が解明できない、そんな何かは、世界中に至る所にある筈だ(きっと)。
別の夢の話をしよう。これは、自分で見た夢ではない。親しくしている弟分の様なイバン族の少年だ。彼は、私をいつも慕っているし、私を見ると満面の笑顔を見せてくれる。ある日、彼がとんでもない事を言う。「昨日、夢を見た。ナベがワニに食べられた夢を見た。ワニに食べられたよ」。一瞬、耳を疑ったが、聞き返しても、同じ事を言う。彼は夢判断が出来ないので、街に住むイバン族のこういう事に詳しい人に話を聞く。彼が言う。「地域によって、解釈が異なるが、イバン族にとって、ワニは非常に力強い存在だ。実際、イバン族の先祖も、ワニを畏怖し、ワニの先祖とイバン族の先祖が契約を交わしたという伝説がある。イバン族の人は、ワニを食べない代わりに、ワニもイバン族を襲わない。だから、サラワクでもワニに襲われるのは、マレー人ばっかりだろ」と言って笑った。突然、笑いを止めて真顔になり、話を続けた。「でも、ごく稀に、イバン族がワニに食べられる事もあるが、その時は、シャーマンに探させて、捕獲して、焼き討ちにする。それは、契約を破ったワニへの仕打ちだ。でも、我々イバン族は、絶対にワニを食べない。マレー人も食べないと思うけど、住んでいる場所が危険だ。中国人は何でも食べるから一番危ないけど、街に住んでいるから大丈夫かな」と言ってまた大声で笑った。 一瞬、人間とワニの契約なんていうのもおかしな話だと思ったが、そう言えば、サラワクでは、ワニに人が食べられる事件が、1年に1回位あるが、ほとんど、マレー人の人が犠牲者だ。又、海賊版のビデオで、一度だけ、イバン族の少年が食べられて、そのワニを捕獲するドキュメンタリーを見たけど、そのワニを捕獲して食べられた少年の遺体をワニのお腹から取り去った後、ワニは焼き討ちの刑にされていたな。ここ数十年で、イバン族の人がワニに食べられた事件は、このビデオの犠牲者と、その他は数えるばかりしかない筈だ。別の意味で、イバン族の人は、マレー人より、ワニや野生動物と自然の関係等をより熟知しているから、猛獣に対する防御策を元来持っているとも言える。
彼は、話を戻した。「夢の話だったな。ワニに食べられるという事は、気持ちが良い話ではないが、その夢を誰かが見ることで、その食べられた人がワニの仲間になったというシャーマンもいる。それは、何を意味するかというと、イバン族と同じ様に、お前も、ワニとの契約の一部を得たんだ。分かりやすく言うと、お前がワニを食べない限り、絶対にワニはお前を食べない」。一瞬、学生時代に、大阪のお好み焼き屋で興味本位でワニ肉入りのお好み焼きを頼んだが、臭かったので食べなかったのは正解だった、と思い出した。そんな過去を彼に感じさせない様に、自然に装うフリをした。彼は、シャーマン並の知識を持っていると言われる人だから、気付かれたら困る様な気がした。
さらに、彼は続けた。「別の地域のシャーマンは、こうも言う。ワニは、力の象徴であり、いわば、権力だ。分かりやすく言うと、権力を持った人間と言う意味で、その権力を持った人間と近くなる可能性があると言う意味を持つ。今回は、おまえ自身が見た夢ではないから、何ともいえないが、お前自身で見た夢であれば、その夢を見た当人が権力を持つという事にもなるそうだ。ワニの力は、非常に強い。プア・クンブ(イバン族の伝統の機織)は知っているよな。いろんな模様があるけど、ワニの模様は、熟練した織手でないと、織り込んでは駄目だ。もし、経 験の少ない織手が、ワニの模様を使うと、ワニに魂を食べられる事もあるそうだ。熟練した織手でも、ワニの模様を織り込む時には、その餌となる動物等も一緒に織り込まないといけないんだ」。一瞬、そんな話は信じられないと思ったが、歯の夢の前例があるので、一応信じる事に決めて、シャーマン並の神妙な顔つきを装い、その人に「ありがとう」と言って、その場を去った。
その後間もなく、突然、ある人から電話が掛かってきた。その人は、「エコ・ツーリズムの会議に来ていて、明日暇があるから、世界最大の花のラフレシアの咲いている国立公園に行きたい。明日は手配出来ますか」と尋ねてきた。紳士的な温かい響きのある声に好感を持ちながら、「大丈夫です。ラフレシアが咲いているかどうかは、確認してみないと分かりませんが、確認してみますので、少しお待ち下さい。こちらからおりかえし、お電話しますので・・」と私が言うと、「咲いてなくても行くから大丈夫」と言われて、翌日の時間を決めて、電話を切った。
翌日、その方にホテルのロビーで会うと、予想通りの紳士的な方で、日本人であれば知らない人はいない某旅行会社の社名と名前を告げられた。道中、穏やかな感じで、サラワクの旅行業やサラワクの観光地に関して尋ねられたが、少しばかり、いつもの旅行会社の企画担当の視察の方とは異なる質問が気になっていたが、約2時間程で、グヌン・ガディン国立公園に到着した。実際は、ラフレシアが咲いているのは電話で確認済みで、少しばかり斜面の崖を降りて、川を越えたあたりにあるのは知っていた。しかし、車中で、咲いているかどうかを教えてしまうと、期待感がなくなるだろうという姑息な手段で、私は知らない振りをしていた。その咲いている場所へは、普通のトレッキングの道とは別の方向にあるので、ラフレシアの場所へ向かう為に道路から直接藪をかき分け森へ入っていった。15分程、大木のある深い森を越えると、急勾配の斜面を、公園スタッフが設置しているロープをつたって、10mほどおりると、川に辿り着いた。その向こう側に綺麗に開花したラフレシアは見えている。いつも、私が観光客の人に対してやる手で、私は既にその場所を知っているのに、あえて演技をする。「ラフレシアの匂いがしますね。多分、この辺にある筈です。一緒に探してみましょう」と言って、その人に探してもらう様に促した。しかし、その人は、私の視線をちゃんと追っていたのか、すぐさま、「あそこにあるじゃないか」と即座に言って、エナメルの靴を脱ぎ出した。その川は、流れが強いものの浅いので、橋はなく、岩を超えて行かなければならない。潔く裸足になったその人と濡れながら、対岸迄渡り、異彩を放つラフレシアを間近に見た。ジャングルの暗い林床にある巨大なオレンジ色のラフレシア。その人は、数枚写真を撮ったかと思うと、すぐに、「じゃ、帰りましょう」とあっさりと言った。我々は、来た道を戻り、ズボンも濡れたままで、車に乗り、帰路についた。
帰路の途中、その人は思い出したかの様に切り出した。「そうそう、さっきのあなたの演技は、下手だね。もう少し、お客さんにばれない様に演技しないと。行く時、知らないと言ってたけど、ラフレシアが咲いているのは、あなたの表情ですぐ分かるし、突然、藪に入っていった段階で、咲いている事を確信した。だって、咲いていない場所に行く為に、藪に入っていくのは、変だよ。どう考えたって。もう少し、普通のトレッキングの道を行ってから、あの方角に行かないと。もっと、付け焼刃じゃなく、ちゃんと演技しないとみえみえだよ」。一瞬、私の手の内が全て見抜かれている事に赤面しながら、一方で、この人は一体何者なんだという疑念が沸いた。あまりにも、全てを見据えている人だ。ホテルに到着する直前に、その人は「失礼、失礼、ホテルを出発した時から話に夢中になって、忘れていたよ。名刺を渡しておこう」と言った。そういえば、ホテルのロビーでその人と会った時、私は名刺を渡したのだが、その人は、車内で渡すからと言って、そのままだった。その人が名刺を私に渡した瞬間にホテルに到着し、その人と軽く挨拶をして分かれた。その人は、最後に「頑張ってください」と言って、ホテルのロビーへ消えていった。そして、私は、車に戻り、その人の名刺を見てみると、日本人であれば知らない人はいない某旅行会社の「代表取締役社長」と書いてあった。その後、何人かの同程度の役職の人に会うことが立て続いた。これも、イバン族の夢占いは的中だった。さらに、数年後、同じイバン族の少年弟分が、今度は、私が沢山のワニに囲まれて、川にいる夢を見たそうだ。その頃には、次に、何が出てくるんだってな感じで、逆に、その夢占いを楽しんでいた。この時は、しばらくたって、突如として、サラワク州の政財界では著名な人々と日本に数日だが行く事になって、これも夢占いは的中した。
最近では、その少年弟分も、私がワニと一緒にいる夢を殆どみていない。多分、私の邪念があるからかもしれない。私も、ワニと一緒にいる夢はみることが出来ない。邪念が多過ぎるからだ。歯が抜ける夢を出来るだけ見ない様に、歯医者には適度に通っている。歯が痛いと、歯の夢を見る気がして怖いからだ。もう一つ。あなたの洋服(布地)が盗まれたり、取られたりする夢は、あなたの大切な人が奪われるという夢だそうです。そういう夢を見た人は、あなたの大切な人の事を今以上に思いやって下さい。
「あらゆるできごとは、もしそれが意味をもつとすれば、それは、矛盾をふくんでいるからである」(ヘンリー・ミラー「北回帰線」) ~~~~~ドリ鍋(2007年2月26日)
PS. 今回は、イバン族の夢占いでした。うっかり、イバン族の人の前で夢の話をすると、その意味を言ってきますので、出来るだけ、夢の話をしないようにしてます。良い予兆だったら良いですけど・・・。
昨日、夜寝ている時に、右側から何かが近寄ってきた。その何かの冷たい感触が、背筋を凍らせた。そして、身動きの取れない私の膝のあたりで止まると、2本の牙が皮膚を突き抜けている感触が伝わった。痛みは、ほとんどなかったが、膝のあたりを見てみると、蛇だった。「しまった。蛇に噛まれてしまった」と慌てていると、目が覚めた。蛇も、蛇の牙の感触も、全て夢で、金縛りにあったのだと気付き、ほっとした瞬間、又、深い眠りの世界へ入っていった。翌朝、この話を友人にしたら、大笑いされた。蛇に噛まれる夢は、誰かから結婚を申し込まれる暗示だそうだ。しかし、女性がこの夢を見たらの場合に限るそうだ。この友人に、もし男だったら、どういう意味か聞いてみたが、残念ながら、分からなかった。夢占いというのは、フロイトを始めとする心理学の一要素でもあるが、一方で、ボルネオ島に住む先住民族の中では、伝統的に、夢のお告げというのは、非常に意味があるもので、シャーマンは、その夢判断も一つの技量である。
イバン族のロングハウスでの出来事。ロングハウスは、川沿いに建てられているのが慣わしだが、そのロングハウスから見て、川の対岸に1本の大きなフタバガキの木があった。5年に一度の割合で、花を咲かせ、実をつけると、その樹冠の部分が、赤く染まる。何故、赤く見えるかというと、その実は、羽子板の羽根の様にになっていて、その羽根の部分が赤く、いざ実をつけると、これは、樹冠を覆いつくさんばかりに、実をならす。これが、樹冠を赤くみせるのだ。その川の川岸には、この木が沢山あるのだが、村の人が言うには、この木々は、30年程前に村人で植えたものだそうだ。ちょうど、その頃、鉄砲水が相次いで、川岸の木々を悉く薙倒したので、表土流出を防ぐ為に、このフタバガキの木を植えたそうだ。その5年に一度の実をならした時に、たまたま、ボートでその村へ行く機会に恵まれると、その赤い樹冠のアーチ状のトンネルをくぐる時、その実がその赤い羽根をクルクルまわしながら、ゆっくりと水面へ落ちていく様は、非常に神秘的だ。
ある日、私がそのロングハウスを訪れた時に、ふと、いつもの景色と異なるのを感じた。そのロングハウスの対岸の木がなくなっていたのだ。いつも、午後になると、子供たちがその木の登れる所迄登って、川へ一斉に飛び込む、そんな風景が印象的な木であった。私は、鉄砲水で流されたのだと思ったが、村の人に尋ねると、こういう事だった。その村のシャーマンが夢を見た。その夢の中で、いつもの様に、子供たちが、次から次へと、その木から川へ飛び込んでいた。少したって、その木から飛び込んだ子供の一人が、血を流して、川に流され、見えなくなってしまった。この夢を見たシャーマンは、翌朝、村の酋長に話をして(その酋長自身もシャーマンの能力を持っているのだが)、結果、この木は災いをもたらすかも知れないという事で、即日伐ってしまったそうだ。イバン族の人々にとって、夢=万の神々の啓示である。これは、シャーマンが見た夢であったからだけでもなく、シャーマンの能力を持たない人の夢も参考にされる。その判断は、シャーマンや酋長が行うのだが、不吉な夢を見た時には、その人々は、必ずと言って良いほど、シャーマンや酋長に相談をする。この夢は、非常に分かりやすい直接的な夢ではあるが、一方で、間接的な夢、比喩的な夢があり、その判断は、シャーマンに委ねられる。
別の日に、イバン族のロングハウスに滞在していた時の話。私の八重歯が、虫歯が原因で、痛くて痛くて堪らなかった。我慢できなかったので、村の人に頼んで、抜いてもらった。地酒アルコールの消毒のおかげで、そんなに痛みはなかった(実際は、歯の芯は残っていた)。その夜、持っていた痛み止めの錠剤を呑んで寝た。そして、夢を見た。私のその八重歯が抜ける夢だった。その夢の痛さで目を覚ました後、ふと、歯を抜かれた時の事を思い出し、笑った。自分で抜いてくれと頼んだ割には、おびえていた自分。やんややんやの村人達の大騒ぎ。よく見ると、ほとんどの人が、1個以上は、歯がない村人。中には前歯全部ない人もいた。鎮痛剤の為と老婆が持って来た腐った薬草。私が歯を抜かれるの笑いながら飲んでいた連中。そんな光景を思い出しながら、きっと、さっき歯を抜いたから、こんな夢を見たんだな、と思い、暗い中で、一人思い出し笑いをしていた。目覚めた時と同じ寝相で寝ると、夢の続きを見るというイバン族の風習を思い出して、目覚めた時と違う寝相で寝た。
翌朝、村人に、この歯の抜ける夢の話をした。その村人は、笑うどころか、真剣な顔をして、シャーマンに話しなさいと言った。私は、シャーマンにその夢を告げると、彼は、神妙な顔をして言った。「歯が抜ける夢は、良くない夢だ。歯が抜けるのは、お前に関係する人が、病気か、亡くなった知らせだ。前歯であれば、あなたに非常に近い身内の人。奥歯であれば、身内でもないが自分の知っている人」と。私は、急に怖くなってきたが、それでも、今の世の中、歯が抜ける夢を見たのが、そういう知らせなんておかしい。たまたま、昨日、歯を抜いたから、それで、そんな夢を見たんだ。と、自分に言い聞かせた。そのロングハウスの滞在も終わり、クチンの街中へ戻り、この夢の事もすっかり忘れていた。
クチンに戻った数日後、クチンに長く住んでいる日本人の男性が、末期の癌だという事を知らされる。私は、一瞬、耳を疑った。つい数週間前、元気な様子で少し話をしたばかりだった。その人は、癖があるのだが、根は非常に良い人で(多分)、時折、ご飯を奢ってくれたりしていた。身内では無いが、少し親しくしていた人だった。その夢のお告げ通りだった。しかし、自分自身に、これは偶然だ、あの晩、歯を抜いたから、そんな夢を見ただけだ。これはそんなお告げではないと、自分に向かって言い張った。しかし、その後、数ヶ月を置いて、2度その夢を見て、実際 に同じ事が起こった。1回は、前歯が抜ける夢を見た数日後に、母方の祖母が亡くなった。そして、時期を置いて、奥歯が抜ける夢を見た数日後に、知り合いのイバン族の老婆が亡くなった。さすがに、この実証が3回もあると、信じざるを得ない。私が、こういう精神文化や、先住民族の森の掟等を笑って済ませなくなったのも、この事件からだった。現代文明や科学が解明できない、そんな何かは、世界中に至る所にある筈だ(きっと)。
別の夢の話をしよう。これは、自分で見た夢ではない。親しくしている弟分の様なイバン族の少年だ。彼は、私をいつも慕っているし、私を見ると満面の笑顔を見せてくれる。ある日、彼がとんでもない事を言う。「昨日、夢を見た。ナベがワニに食べられた夢を見た。ワニに食べられたよ」。一瞬、耳を疑ったが、聞き返しても、同じ事を言う。彼は夢判断が出来ないので、街に住むイバン族のこういう事に詳しい人に話を聞く。彼が言う。「地域によって、解釈が異なるが、イバン族にとって、ワニは非常に力強い存在だ。実際、イバン族の先祖も、ワニを畏怖し、ワニの先祖とイバン族の先祖が契約を交わしたという伝説がある。イバン族の人は、ワニを食べない代わりに、ワニもイバン族を襲わない。だから、サラワクでもワニに襲われるのは、マレー人ばっかりだろ」と言って笑った。突然、笑いを止めて真顔になり、話を続けた。「でも、ごく稀に、イバン族がワニに食べられる事もあるが、その時は、シャーマンに探させて、捕獲して、焼き討ちにする。それは、契約を破ったワニへの仕打ちだ。でも、我々イバン族は、絶対にワニを食べない。マレー人も食べないと思うけど、住んでいる場所が危険だ。中国人は何でも食べるから一番危ないけど、街に住んでいるから大丈夫かな」と言ってまた大声で笑った。 一瞬、人間とワニの契約なんていうのもおかしな話だと思ったが、そう言えば、サラワクでは、ワニに人が食べられる事件が、1年に1回位あるが、ほとんど、マレー人の人が犠牲者だ。又、海賊版のビデオで、一度だけ、イバン族の少年が食べられて、そのワニを捕獲するドキュメンタリーを見たけど、そのワニを捕獲して食べられた少年の遺体をワニのお腹から取り去った後、ワニは焼き討ちの刑にされていたな。ここ数十年で、イバン族の人がワニに食べられた事件は、このビデオの犠牲者と、その他は数えるばかりしかない筈だ。別の意味で、イバン族の人は、マレー人より、ワニや野生動物と自然の関係等をより熟知しているから、猛獣に対する防御策を元来持っているとも言える。
彼は、話を戻した。「夢の話だったな。ワニに食べられるという事は、気持ちが良い話ではないが、その夢を誰かが見ることで、その食べられた人がワニの仲間になったというシャーマンもいる。それは、何を意味するかというと、イバン族と同じ様に、お前も、ワニとの契約の一部を得たんだ。分かりやすく言うと、お前がワニを食べない限り、絶対にワニはお前を食べない」。一瞬、学生時代に、大阪のお好み焼き屋で興味本位でワニ肉入りのお好み焼きを頼んだが、臭かったので食べなかったのは正解だった、と思い出した。そんな過去を彼に感じさせない様に、自然に装うフリをした。彼は、シャーマン並の知識を持っていると言われる人だから、気付かれたら困る様な気がした。
さらに、彼は続けた。「別の地域のシャーマンは、こうも言う。ワニは、力の象徴であり、いわば、権力だ。分かりやすく言うと、権力を持った人間と言う意味で、その権力を持った人間と近くなる可能性があると言う意味を持つ。今回は、おまえ自身が見た夢ではないから、何ともいえないが、お前自身で見た夢であれば、その夢を見た当人が権力を持つという事にもなるそうだ。ワニの力は、非常に強い。プア・クンブ(イバン族の伝統の機織)は知っているよな。いろんな模様があるけど、ワニの模様は、熟練した織手でないと、織り込んでは駄目だ。もし、経 験の少ない織手が、ワニの模様を使うと、ワニに魂を食べられる事もあるそうだ。熟練した織手でも、ワニの模様を織り込む時には、その餌となる動物等も一緒に織り込まないといけないんだ」。一瞬、そんな話は信じられないと思ったが、歯の夢の前例があるので、一応信じる事に決めて、シャーマン並の神妙な顔つきを装い、その人に「ありがとう」と言って、その場を去った。
その後間もなく、突然、ある人から電話が掛かってきた。その人は、「エコ・ツーリズムの会議に来ていて、明日暇があるから、世界最大の花のラフレシアの咲いている国立公園に行きたい。明日は手配出来ますか」と尋ねてきた。紳士的な温かい響きのある声に好感を持ちながら、「大丈夫です。ラフレシアが咲いているかどうかは、確認してみないと分かりませんが、確認してみますので、少しお待ち下さい。こちらからおりかえし、お電話しますので・・」と私が言うと、「咲いてなくても行くから大丈夫」と言われて、翌日の時間を決めて、電話を切った。
翌日、その方にホテルのロビーで会うと、予想通りの紳士的な方で、日本人であれば知らない人はいない某旅行会社の社名と名前を告げられた。道中、穏やかな感じで、サラワクの旅行業やサラワクの観光地に関して尋ねられたが、少しばかり、いつもの旅行会社の企画担当の視察の方とは異なる質問が気になっていたが、約2時間程で、グヌン・ガディン国立公園に到着した。実際は、ラフレシアが咲いているのは電話で確認済みで、少しばかり斜面の崖を降りて、川を越えたあたりにあるのは知っていた。しかし、車中で、咲いているかどうかを教えてしまうと、期待感がなくなるだろうという姑息な手段で、私は知らない振りをしていた。その咲いている場所へは、普通のトレッキングの道とは別の方向にあるので、ラフレシアの場所へ向かう為に道路から直接藪をかき分け森へ入っていった。15分程、大木のある深い森を越えると、急勾配の斜面を、公園スタッフが設置しているロープをつたって、10mほどおりると、川に辿り着いた。その向こう側に綺麗に開花したラフレシアは見えている。いつも、私が観光客の人に対してやる手で、私は既にその場所を知っているのに、あえて演技をする。「ラフレシアの匂いがしますね。多分、この辺にある筈です。一緒に探してみましょう」と言って、その人に探してもらう様に促した。しかし、その人は、私の視線をちゃんと追っていたのか、すぐさま、「あそこにあるじゃないか」と即座に言って、エナメルの靴を脱ぎ出した。その川は、流れが強いものの浅いので、橋はなく、岩を超えて行かなければならない。潔く裸足になったその人と濡れながら、対岸迄渡り、異彩を放つラフレシアを間近に見た。ジャングルの暗い林床にある巨大なオレンジ色のラフレシア。その人は、数枚写真を撮ったかと思うと、すぐに、「じゃ、帰りましょう」とあっさりと言った。我々は、来た道を戻り、ズボンも濡れたままで、車に乗り、帰路についた。
帰路の途中、その人は思い出したかの様に切り出した。「そうそう、さっきのあなたの演技は、下手だね。もう少し、お客さんにばれない様に演技しないと。行く時、知らないと言ってたけど、ラフレシアが咲いているのは、あなたの表情ですぐ分かるし、突然、藪に入っていった段階で、咲いている事を確信した。だって、咲いていない場所に行く為に、藪に入っていくのは、変だよ。どう考えたって。もう少し、普通のトレッキングの道を行ってから、あの方角に行かないと。もっと、付け焼刃じゃなく、ちゃんと演技しないとみえみえだよ」。一瞬、私の手の内が全て見抜かれている事に赤面しながら、一方で、この人は一体何者なんだという疑念が沸いた。あまりにも、全てを見据えている人だ。ホテルに到着する直前に、その人は「失礼、失礼、ホテルを出発した時から話に夢中になって、忘れていたよ。名刺を渡しておこう」と言った。そういえば、ホテルのロビーでその人と会った時、私は名刺を渡したのだが、その人は、車内で渡すからと言って、そのままだった。その人が名刺を私に渡した瞬間にホテルに到着し、その人と軽く挨拶をして分かれた。その人は、最後に「頑張ってください」と言って、ホテルのロビーへ消えていった。そして、私は、車に戻り、その人の名刺を見てみると、日本人であれば知らない人はいない某旅行会社の「代表取締役社長」と書いてあった。その後、何人かの同程度の役職の人に会うことが立て続いた。これも、イバン族の夢占いは的中だった。さらに、数年後、同じイバン族の少年弟分が、今度は、私が沢山のワニに囲まれて、川にいる夢を見たそうだ。その頃には、次に、何が出てくるんだってな感じで、逆に、その夢占いを楽しんでいた。この時は、しばらくたって、突如として、サラワク州の政財界では著名な人々と日本に数日だが行く事になって、これも夢占いは的中した。
最近では、その少年弟分も、私がワニと一緒にいる夢を殆どみていない。多分、私の邪念があるからかもしれない。私も、ワニと一緒にいる夢はみることが出来ない。邪念が多過ぎるからだ。歯が抜ける夢を出来るだけ見ない様に、歯医者には適度に通っている。歯が痛いと、歯の夢を見る気がして怖いからだ。もう一つ。あなたの洋服(布地)が盗まれたり、取られたりする夢は、あなたの大切な人が奪われるという夢だそうです。そういう夢を見た人は、あなたの大切な人の事を今以上に思いやって下さい。
「あらゆるできごとは、もしそれが意味をもつとすれば、それは、矛盾をふくんでいるからである」(ヘンリー・ミラー「北回帰線」) ~~~~~ドリ鍋(2007年2月26日)
PS. 今回は、イバン族の夢占いでした。うっかり、イバン族の人の前で夢の話をすると、その意味を言ってきますので、出来るだけ、夢の話をしないようにしてます。良い予兆だったら良いですけど・・・。
ドリ鍋の四方山話
ボルネオ島サラワク州
第1回 ボルネオ島の白人王国「サラワク」(2006年12月10日)
・・・100年間続いた英国人ブルック家の所有した謎の王国(1841年~1941年)
第2回 フルーツの王様「ドリアン」 (2006年12月17日)
・・・「ドリアンを食べる為だけでも、ボルネオ島に来る価値がある」 (アルフレッド・ウォーレス)
第3回 謎の病気(?)「ラタ」 (2006年12月21日)
・・・パイナップルボンバー洋平のトラウマを起こした病気に迫る
第4回 世界遺産のムル国立公園(2006年12月25日)
・・・秘境のリゾート、巨大洞窟とコウモリ達 、そして、アントゥー
第5回 マレーシア・バイアグラ「トンカタリ」(2007年1月10日)
・・・元気が出ます。むくみが取れます。社長の深夜の結果報告もありました。
第6回 クチンの屋台事情「ラクサ」「コロミー」「経済飯」(2007年1月16日)
・・・我々は、洒落たカフェで昼食は取れません。間違っても、屋台です。
★特別企画!! サラワク王国時代の国歌 (2007年2月2日)
・・・2代目白人王チャールズの妻、マーガレット・ブルック作曲によるサラワク王国国歌の音源化。
第7回 とても高い木「タパン」と蜂蜜(2007年2月10日)
・・・超高木「タパン」の謎、そして、熱帯雨林の何百種類の花の蜜からできた蜂蜜を売る謎のおっさん
第8回 ボルネオ島熱帯雨林での「森の掟」(2007年2月10日)
・・・サラワク先住民族イバン族の森の掟と、受け継がれる知恵
第9回 イバン族の夢占い(2007年2月26日)
・・・イバン族のシャーマンの解く、語り継がれる夢の意味の片鱗。
第10回 イバン族の食文化(1)(2007年6月20日)
・・・サラワク先住民族のイバン族の一番大切なもの、それは・・・。
第11回 イバン族の食文化(2)(2007年6月23日)
・・・サラワク先住民族のイバン族の男達の一番大好きなもの、それは・・・。
・・・100年間続いた英国人ブルック家の所有した謎の王国(1841年~1941年)
第2回 フルーツの王様「ドリアン」 (2006年12月17日)
・・・「ドリアンを食べる為だけでも、ボルネオ島に来る価値がある」 (アルフレッド・ウォーレス)
第3回 謎の病気(?)「ラタ」 (2006年12月21日)
・・・パイナップルボンバー洋平のトラウマを起こした病気に迫る
第4回 世界遺産のムル国立公園(2006年12月25日)
・・・秘境のリゾート、巨大洞窟とコウモリ達 、そして、アントゥー
第5回 マレーシア・バイアグラ「トンカタリ」(2007年1月10日)
・・・元気が出ます。むくみが取れます。社長の深夜の結果報告もありました。
第6回 クチンの屋台事情「ラクサ」「コロミー」「経済飯」(2007年1月16日)
・・・我々は、洒落たカフェで昼食は取れません。間違っても、屋台です。
★特別企画!! サラワク王国時代の国歌 (2007年2月2日)
・・・2代目白人王チャールズの妻、マーガレット・ブルック作曲によるサラワク王国国歌の音源化。
第7回 とても高い木「タパン」と蜂蜜(2007年2月10日)
・・・超高木「タパン」の謎、そして、熱帯雨林の何百種類の花の蜜からできた蜂蜜を売る謎のおっさん
第8回 ボルネオ島熱帯雨林での「森の掟」(2007年2月10日)
・・・サラワク先住民族イバン族の森の掟と、受け継がれる知恵
第9回 イバン族の夢占い(2007年2月26日)
・・・イバン族のシャーマンの解く、語り継がれる夢の意味の片鱗。
第10回 イバン族の食文化(1)(2007年6月20日)
・・・サラワク先住民族のイバン族の一番大切なもの、それは・・・。
第11回 イバン族の食文化(2)(2007年6月23日)
・・・サラワク先住民族のイバン族の男達の一番大好きなもの、それは・・・。